二年前、いやもう三年くらい前の話かもしれません。
友人たちとの飲み会の席で。
いつも明るいムードメーカーのA君の様子がなんとなくいつもと違うようで
気になっていました。
もともと痩せていたけど、さらに痩せた(やつれた?)ようにも見えるし。
見た目には相当に疲弊しているように見えるのに、
やけに高すぎるテンションだったんです。
私が感じていた違和感は思い過ごしではなかったと、
2次会になってその原因が判明しました。
A君はこの飲み会の半年ほど前にお父様がなくなられたとのこと。
自分の父親だから自分が面倒をみようと思って、
自分の勤務する病棟に入院させて、
看護師として最後を見送ったんだそうです。
彼はベテランの看護師ですから、
今まで様々な経験をしてきたし、
多くの人の死にも立ち会ってきたわけですが、
やはり自分の父親となると話は別で。
息子として、
看護師として、
自分はやるべきことをやったのか?
そんな思いが繰り返し浮かんでしまって、
なかなか自分の気持ちを整理できずにいる・・・
という意味のことを話してくれました。
しかもそれに加えて仕事では、
管理職ではないけれど病棟の中心になって支えなければいけないポジションにあり、
いわゆる今どきの若者である後輩たちの指導やフォローで
ときにイライラさせられながら、
自分に課せられた大量の業務もさばいていかなければならないし、
肉体的にも精神的にも疲労困憊状態で・・・
なんと言うか、
私にはデジャブ感満載のエピソードたち。
産業看護の仕事をしていると、
従業員さんとの健康相談や保健指導や雑談の中で、
普段からこの手の話をよく聞きますよね。
仕事や家庭の状況にがんじがらめになっていて、
やるしかないとわかっていても気持ちや体がついていかなくて・・・
という愚痴とも弱音ともつかない話。
決して解決策やアドバイスを求めているわけではないけれど、
自分でも思いがけず話し始めてしまったら、
次第に止まらなくなっていく・・・
みたいなこの手の話。
ちなみに業務中の私は、この手の話題を聞くときは、
いきなり一般論で十把一絡げ(じっぱひとからげ)にするような言い方はしないように
気をつけています。
その人にとっては重大な悩みや困惑なのだから、
他の人と比べるような言い方はやめようと考えているからです。
ところがその時の私はほろ酔い状態だったのもあって、
不用意にこう言ってしまったんですよね。
「そういうの、40代の従業員さんからよく聞く話だよ~。
40代前半って男性は厄年の頃だし、
みんなそういうの抱えちゃう世代なんだろうね~」
落ち込んでいるA君に軽々しくそう言ってしまってから、
はっと我に返って。
Σ( ̄ロ ̄|||)
どうやってフォローしようかと、
私は内心慌ててしまいました。
しかし、A君からの反応は意外なものでした。
「えっ、そうなの? みんなそうなの!?」
そう言う声が明るいようにも思えます。
私は、従業員さんからよくそういう愚痴を聞くことがあるという話を少し話しました。
「へぇ~、そうなのか。なんだ、自分だけかと思ってた」
A君の表情が変わって、
なんとなく雰囲気も緩んだように感じました。
このエピソード。
久しぶりに私にも衝撃だったんです。
『みんなも同じ』というたった一言が、
こんなに安心感をもたらすことができるなんて。
相手が『みんなも同じ』と言われて救われたように思えるなら、
そして少しでも元気を取り戻せるなら。
これはこれで悪くないのだなぁと、
改めて気づかせてもらいました。
ただ、この『みんなも同じ』って、
誰が言うかというのも、実は大事じゃないかと思います。
おそらく、
私は仕事柄同じようなケースをたくさん経験しているということが
嘘くさく聞こえなかったから、受け入れてもらえたのでしょう。
そのことをよく知りもしない人から、
「みんな同じ」と言われても、
腹が立つだけかもしれませんし。
それともう一つ。
例えば
「忙しくて(生活習慣改善の)運動ができない」と言い訳している人に、
「そういう話、よく聞きます。みんな同じですよ」
って言ったら逆効果になっちゃったってこともありますよね。
(^。^;)
みんなもそうなら自分もそれでいいんだって考えて、
生活習慣改善の行動をとらなくなってしまう人がいるのは事実なので。
やっぱり、使い方は気をつけないといけないのかもしれません。
(^▽^;)
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